「新型うつ病」について
今日では、うつ病は広く認知されて珍しくはない病気になりました。そんな中、最近よく耳にするようになったのが「新型うつ」という言葉です。これは医学的な診断用語ではなく、メディアなどが作った病名ですから、医師から「あなたは『新型うつ病』です」と言われることはないはずですが、それにしても、雑誌や書店にはこの言葉がよくみられるようになりました。
まじめで几帳面、責任感の強い人が、背負いきれない重圧や慣れない状況でストレスを抱えて発症してしまう従来型のうつとは異なる現代型のうつ病。「新型うつ病」「現代型うつ病」などと呼ばれることがあります。
いったい何が「新型」なのでしょうか?
先述したように、「新型うつ病」とはメディアなどで作られた病名ですから、明確な定義があるわけではありません。いくつかの本を比較してみても、その基準は明確ではありませんが、「非定型うつ病」=「新型うつ病」としている場合や、「非定型うつ病」カテゴリーに入り、その診断基準を完全には満たしていない「軽症」または「プチうつ」などという状態をさしている場合があるようです。
それでは「非定型うつ病」とはいったいどのようなものなのでしょうか?
従来型のうつ病―定型うつ病
「非定型うつ病」を知るためには、まずは従来から言われている「うつ病」とはどういうものなのかを知る必要があるでしょう。 真面目で几帳面、努力型、責任感の強いタイプが、定型のうつ病にかかりやすいと言われています。そのような人が、あまりに頑張りすぎて燃料切れになってしまった状態が「定型のうつ病」です。
うつ病とは、たんに憂うつとした気分になるだけではなく、生命力すべてに障害が及ぶ病気です。抑うつ症状があり、精神運動が抑制されます。というのはどういうこととかというと、通常なら楽しいはずの出来事も楽しむことができなくなった状態であり、病気ゆえに悲観的・自責的な考え方をする。そして、何事においても「おっくう」「からだがだるい」「無気力」という感覚が付きまとう状態です。
たとえこのような兆しがあったとしても、持ち前の頑張り屋さんは、さらに頑張ります。早期に対処すれば回復は早いものを、「なんとか自分でやらなければ」「みんなに迷惑をかけられない」とさらに自分を追いつめ、とうとう燃料切れをおこし、うつ病に至ってしまうのです。
ですから、定型うつ病の人には、まずは「休養」をとることをお勧めしています。頑張りすぎてエネルギーが枯渇した状態ですから、まずは補給しなければなりません。そして、少しずつ「自分一人で責任を負う」または「~をしなければならない」という考え方から、「人に頼る」とか「まあいいか」という考え方に変えていくような取組みをしていただくのです。
うつ病になると思考力が落ちてしまいます。特に抽象的なことについて考えることが難しくなるようです。本を読むことも苦痛になります。重い状態のときは、ここに書かれてある文章を読むのも苦痛でしょう。そして復職できるくらいに回復しても、はじめの頃は以前のようには論理的、抽象的な思考ができなくなっていると感じるはずです。復職にあたっては、病気のせいでそういう状態になっていることを認識し、焦らないこと、またそのことを周囲に理解してもらうことも大切です。
→「うつ病とは」(www.nagatacho-heart.net/dep/depression.html)のページもご一読ください。
非定型うつ病とは
それでは「非定型うつ病」とはどういう状態なのでしょう。
体重減少と不眠よりも、むしろ体重増加と過眠を特徴とします。2~3:1で男性よりも女性に多いと言われます。(季節性うつ病によくみられ、双極性I型またII型(旧:躁うつ病)と気分変調性障害におけるうつ病エピソード(期間)の一部としても生じることがあります。)
診断においては気分反応性(好ましいことがあると気分がよくなる。嫌なことがあると気分が落ち込む)を重視した上で、以下の特徴を基準としてあげています。
- 著明な体重増加または食欲の増加
- 過眠(寝ても寝ても眠い)
- 鉛様麻痺(四肢の鉛のように重い感覚)
- 長期にわたる、対人関係の拒否に対する過敏性(拒絶過敏性)
(DSM-IV-TRより)
気分反応性とは、例えば夜間に突然涙があふれて悲しくなったり、仕事中に急に抑うつ気分が増強したり。一方で休みの日であると友達と楽しく遊びに行ったりできる。このように短時間で、状況によって大きく気分が落ちこんだり晴れたりする状態のことです。
【非定型うつ病の精神・身体症状】
精神・身体症状の特徴をまとめると以下のようになります。
- 夜になるとわけもなく悲しく、泣けてくる
- 他人の言動にひどく敏感になり、激しく反応する
- やりたいことはできるが、嫌なことはできなくなる
- 人を批判するなど他罰的になる
- 気分のアップダウンが激しく、ささいなことで爆発的に怒り、抑えられなくなる
- 鉛が入っているかのように身体が重く、身体がうごかない
- 過食(特に甘いもの)や過眠がみられたり、さまざまなものに依存度が増す
- 定型うつ病に比べて、投薬の効果が少ない
- パニック発作を伴うことがある
- 過去の外傷体験(上司の叱責など嫌な体験)がフラッシュバックする
非定型うつ病になりやすいのはどんな人?
非定型うつ病になりやすい人は、自分の気持ちや事情を優先して考える傾向にあり、ときに他罰的です。そして些細な言葉に傷つきやすく、被害者意識を持ちやすい人であるといわれます。そのために自分の責任を受け止めきれないときに、小さな仕事の失敗でとても傷ついてしまったり、上司や周囲からの叱責や指摘をとても怖いと感じてしまいます。
「自分の気持ちや事情を優先して考え他罰的」と書くとわがままな自信家のように思われますが、実際には周囲の視線や評価をとても気にするような自信のなさや不安を感じやすい人なのではないでしょうか。
このような不安の感じやすさは、パニック障害として現れることが少なくありません。非定型うつ病として位置づけられる不安や葛藤がパニック発作として出現し、その後に非定型うつ病の症状が現れる。そして、症状が交互に現れる場合もあるほど、両者は密接に関係しているのです。
→★「わがまま」なの?
周囲の人はそんな彼らの傷つきやすさや行動をみて、「自分だったらそんなことで落ち込まないのに」とか、「自分だったら気力でなんとかできるのでは」と思うことも少なくないでしょう。そうなると非定型うつ病の人たちのことを「わがまま」とか「忍耐が足りない」ように見えてしまうかもしれません。
病気になった人自身も、上記の文章や「新型うつ」に関する資料を読んだら、「自分はたんなるわがままなのかな」と思ったりするようです。
しかし一般的な「わがまま」と異なるところは、「嫌だ」という思いが恐怖に感じ、フラッシュバックとして思い返されるほどであったり、激しい落ち込みが自分でコントロールでず、そして「鉛のように身体が重い」状態や、「眠くて眠くてたまらない」状態になってしまうことです。
自分ではどうすることもできないつらい状態を抱えているのです。自分ではコントロールできないのですから、「根性でなんとかしろ!」と言われても、どうにもできないのです。
まずは生活リズムを整える
規則正しい生活のリズムをつくることをこころがけましょう。
落ち込みが激しくて動けない状態のときには、医師の指示に従って休職し、薬と休養で気持ちの安定をはかります。その間に、傷ついたり落ち込んだりした出来事を受け止め直し、自信を少しずつ取り戻しましょう。
そして、なんとか起きて動けるようであれば、休職するよりも、休みながら、遅刻しながらでも会社生活を送ったほうがいいと私は思っています。
休職となると「朝起きる」という義務感が薄れ、なかなか規則正しい生活を送るのは難しいものです。眠ることが許されるその環境は、1日に10時間以上も眠ってしまう過眠を招くことになります。
眠るという行為は、気分が落ちこんだ時や嫌なことを考えまいとする心理状態から始まります。それが、寝過ぎるとかえって脳の働きが鈍り、さらに憂鬱な気分を招くことになります。そして無理に起きようとすると、鉛のように身体が重くなります。そのためにまた眠る。ますます過眠へと陥ってしまう悪循環です。この悪循環に入ってしまうと、そこから抜けることが難しくなります。
非定型うつ病であると診断されたら、身体症状が悪化する前に、生活リズムを整えることを意識してください。もし、家族や恋人がいるのならば、是非協力してもらいましょう。
★非定型うつ病のまわりにいる方へ
「眠くて起きられない」とか、「休日は調子いいけれど」などと聞くと、「責任感が足りないのではないか」なんて思ってしまうのは仕方がないことです。けれど、彼らも自分ではコントロールできない状態であることを理解してあげてください。「脳」のしくみは、現代の科学でもはっきりわかっていません。人それぞれに才能が異なるとするならば、感情的なコントロールにおける偏りがあってもおかしくはありませんよね。
こんなこと、少しだけ意識してみてください。
- 病気を理解してみよう
- 感情的にならずに、安定した状態で接してみよう
- 何事も、できるだけ具体的に説明しよう
- 否定的な言葉や、拒絶を感じさせる言葉は使わないようにしよう
- できたことは、良いところを認めて褒めてみよう
- 焦らせないようにしよう。そして気長に、自分も焦らないようにしましょう
これらのことは、人間関係の中でも大切なことであって、特別なことではないですよね。 非定型うつ病になる人は、「できる」と自信を持つことができたことに対しては、とても大きな力を発揮することができると思うのです。そのためには、まわりの方の協力が必須なのです。
「非定型うつ病」になる人は、「気配りができて成績優秀なよい子であった人が多い」と言われています。 こういった人は、内面は自信がなく、他人の評価が気になって仕方がない、などの特徴があり、他人からの評価に対しマイナス思考をしてしまう傾向にあります。よい子であったので、批判された経験が少なく、褒められることが多かったため、小さな批判に対して、考えすぎて傷ついてしまうのです。
「他人の評価を気にしない」というのは難しいことですよね。気にせずにはいられないし、落ち込まずにはいられない。けれども、それが自分を苦しめているのであれば、もっと別の考え方ができるようになってみませんか。想像できる「よいこと」と「悪いこと」。どちらも想像でしかないならば、「よいこと」に目をむけて、毎日を過ごしていきませんか。
参考文献:
- 「非定型うつ病」がわかる本―誤解されやすい新しい心の病 福西 勇夫
- 精神医学特論 (放送大学大学院教材) 石丸 昌彦
- 新型うつを知る本 福西勇夫 福西朱美
- 非定型うつ病のことがよくわかる本 貝谷 久宣
- カプラン臨床精神医学ハンドブック : DSM-IV-TR診断基準による診療の手引